ウィーンを夜の9時に出発してから約3時間半、空から見下ろすと、アイスランドの国土が見えてきました。
アイスランドの首都・レイキャビックの街の夜景。もう11時過ぎているのに、空からは夕方のような感じでした。
空港に降り立つと、出迎えてくれたのが、大きな木の柱と梁が印象的な空間で、温もりのあるモダンな雰囲気が感じられました。荷物をピックアップして、いざお友達のエヴァリンとキャタンは待っててくれるかしら。。。
さすが!迎えにきてくれていたのは大きなキャンピングカー!12年ぶりの再会に、お互い信じられない気持ちで抱き合いました。写真も撮る暇もなく、機関銃の様にそれぞれが近況を語り始めて、向かうはエヴァリンのご両親がスペイン滞在から久しぶりに戻っていたご実家。
真っ暗闇の中をキャビンは進み、突然広がったラグーンのブルーに、美しくもミステリアスなアイスランドの自然美に眠気も吹っ飛びました。なんて神秘的なのかしら!
エヴァリンとキャタンとの付き合いは、小樽ではじまりました。エヴァリンが小樽商科大学の交換留学生として家族全員を連れて2012年にアイスランドからはるばる小樽にやってきた年、私たち夫婦が経営している洋食レストラン小樽MUSEの常連のお客様に連れられて来店したのがきっかけでした。実はその時エヴァリンは妊娠していて、在学中の2月に小樽で出産予定で、同行していた子供達(ヨークル:5歳とギッタ:4歳)も小樽市内の幼稚園に通い始めていたところでした。キャタンは、夫、またお父さんとして同行して、エヴァリンを生活面と育児で全面的に支えていました。
夫婦は英語を話すことができましたが、子供達はまだ英語も習う前で、アイスランド語のみだったので、ホームシックと言葉の壁が大きく、幼稚園でも本当に頑張って他の子供達についていって日本の文化に馴染むように努力をしていました。
家族でカルチャーショックも経験していたエヴァリンたちと、私たちの家族もその時、息子が若干10歳で大怪我をして手術を繰り返していたときで、娘もまだ保育園だったので、色々とお互いに辛かった日々を、言葉の壁を超えて励ましあいながら過ごして絆を深めていきました。
そして、2月の吹雪の日に、大学の寮の家族が暮らす部屋で、エヴァリンは赤ちゃんを出産しました。朝4時くらいにキャタンから私に電話があり、夫婦で駆けつけると、まだ臍の緒も切っていない状態でエヴァリンが苦しそうにしていました。すぐに主治医に連絡して指示を仰ぎ、救急車で病院まで運ばれました。子供達も心配そうにしていたけれど、みんなで頑張って乗り切りました。母子ともに健康で、みんなで喜びを分かち合いました。
赤ちゃんの名前は、雪降る小樽の街で生まれた白雪姫という意味の「スナイエ」と名付けられました。初めて抱っこさせてもらえた時のことは忘れられなくて、エヴァリンも、異国の地で本当によく頑張ったと思うと、その愛情の深さと強さに感動した自分を覚えています。
主人がもう寮に一旦戻ったキャタンと子供達の「頑張ったで賞」として、みんなが大好きなMUSEのピザを差し入れようと、病室にいたエヴァリンに「これ、キャタンと子供達に食べさしてあげてね」と置いていくと、病院からの出産を終えたお母さんに出される豪華な「お祝膳」もペロッと平らげていたエヴァリンは、なんと!大好きなピザも食べてしまったのでした。これは一生残る笑い話として今回再会した時も幾度となく話題にあがりました(笑)。
もう一時を過ぎていたので、再会の興奮が冷めていなかったのですが、ご両親のお家に到着して、みんなすぐに休むことにしました。素敵なログハウスの平屋は、とても暖かくて、お母さんが歓迎の印に、早速アイスランドのお水を飲ませてくれました。このお水の美味しいこと!何が違うのかしら。。。今まで飲んだお水の中で、ダントツ一番のミネラルウォーターが、キッチンの蛇口から惜しみなく流れ出ているなんて、衝撃でした。
深い眠りから覚めた翌朝は、コーヒーよりも先に、冷たいアイスランドのミネラルウォーターで始まりました。
つづく