Jun's Light

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2026.5.7旅の記憶 #25 (最終章)

ゴールデンウィークもおおむね暖かな空気に包まれた小樽。
昨日はラストの日でしたが、MUSEにも本当にたくさんのご来店をいただき、おかげさまで忙しい日々となりました。昨日まで限定の「灯りの福袋」もご注文を誠にありがとうございました。本日発送させていただきましたので、お届けまでしばらくお待ちくださいませ。これから夏至に向かって日中の時間が長くなる季節。ゆっくり灯りをお楽しみいただけましたら幸いです。

さて、去年の今日は、韓国〜ヨーロッパ〜アイスランド〜アメリカへの旅の始まりの日でした。
この1年間、このブログでの不定期投稿「旅の記憶」にお付き合いいただき、ありがとうございました。今日で節目のラスト投稿をしたいと思います。

NJのスプリングレイクに住むクラウディアとの再会で、四半世紀前にタイムスリップした自分。
キャンドルを制作し始めた時のことをずっと思い返していました。正確で微妙な色使いをつくりだす技法を、私に全て託してくれたクラウディア。お別れするのは辛かったけれど、近い再会を約束して、お家を出発しました。

その足で向かうは、私がアメリカの画家で一番好きなアンドリュー・ワイエスの生家とミュージアムのあるペンシルヴァニア州。NJ州を抜けると、ガラッと雰囲気が変わったのに気づきました。小学校の時によく兄と聴いていたビリー・ジョエルの歌にもなった労働者の街アレンタウンを過ぎると、州都・アメリカ合衆国誕生の地でもあるフィラデルフィアに。映画でも見たことのある州議事堂も遠くに見えましたが、雨が結構激しく降っていたので、ミュージアムで長い時間過ごしたかったので、そのまま進むことにしました。

ワイエスのBrandywine Museumは、一気に「大草原の小さな家」に出てくるような、小さなコミュニティーが散在している場所に小川に沿ってありました。

ミュージアム一帯は、ワイエス家の土地で、生家から作品がつくられたスタジオも見学することができました。

そして、今回新たな発見がありました。いつも私はアンドリューの方の作品を中心に理解を深めていましたが、ミュージアムで深掘りできたのは、アンドリューのお父さんのN.C.Wyeth(ニューウェル・コンヴァース・ワイエス)の生涯についてでした。彼は、アメリカで今でいう「イラストレーター」として20世紀のアメリカの雑誌や書籍、子供達がクレイジーになった「宝島」や「ロビンフッドの冒険」の小説に挿絵を描いたりと大活躍した人でした。その成功で財を成したN.C.は、ミュージアムがあるチャッズフォードに広大な土地を購入し家を建て、アンドリューを含む5人の子供にも恵まれ、子供たちの絵画指導を厳格にしたそうです。それもあってか一家は芸術家ファミリーとも呼ばれ、5人のうち3人は画家に。作曲・音楽家になった三女もいれば、技術者としてペットボトルを開発したことでも有名な長男もいます。それでも、N.C.は、当時「イラストレーター」としては有名でも、そのイメージが強すぎて、純ぜんたる「画家」として人々になかなか認識されないことに苦しみました。

N.C.のアトリエにその時の気持ちが宿っているようなところもあり、遺作となった大きなキャンバスを見ながらなんとも言えない気持ちになりました。

リビングルームを訪れたときに、まだ子供たちが幼かった時にサンタクロースの絵を描いたモチーフになった大きな時計が静かに秒針の音を刻む部屋。ピアノを囲んで家族の団欒を一番大切にしていたN.C.の魂がそこにまだ宿っている感覚になりました。美的感覚が痺れる洗練された設なのに、この温かで優しい空気。

悲劇は、N.C.がお孫さんの一人とドライブしていた時に、線路に突っ込んでしまい、二人とも命を失ったこと。このことはワイエス一家に暗い影を落とし、アンドリューの作風も父の死を境に変わっていきました。

ちょうどGWをオープニングに、東京都美術館で「ワイエス展」が開催されています。私も、1年ぶりに、改めてワイエスの世界を訪れてこようと思っています。

写真は、忘れられない、二十代だった私がワイエスの絵画に出会った記念の作品。いつか実際にBrandywineミュージアムを訪れたときに、自分のベッドルームに飾るためにミュージアムショップで購入しようとずっと思ってきたことが叶った瞬間。

念願のワイエスの故郷訪問ができたことで、この度も終わりに近づきました。
NYに戻り、お世話になっているフランクのお家から車で5分くらいのところに、Stonecrop Gardenという、イギリスの村に舞い込んだような素敵な場所があり、連れて行ってもらいました。

アメリカのオダマキの群生には圧巻。

近くの公園の出入り口のサイン。時間が書かれていなくて、自分の感覚で決める感じが印象的。

なんて綺麗なスプリンググリーン。このStonecrop Gardenは、イギリスはもちろん、日本庭園も大切に守られていて、思わず自分はどこにいるのかわからない感覚になりました。

そして、旅の最後の日。NYからボストンに移動して、大好きなAcorn St.の近くにあるエクレティックでユニークなレストランを訪れました。

アメリカで私の一番好きなメニューの一つ、シーザーサラダ!

ボロネーゼも繊細な味付けで感動的な美味しさでした。

お魚料理は、無国籍なお味でした。付け合わせのアーティチョークと紫キャベツのザワークラウトとビーツの甘さが絶妙なコンビネーションでした。

ボストンとももうすぐお別れ。名残惜しい気持ちでいっぱいに。

そして、Special Thanks to Frank. 今回のアメリカ滞在は、フランクのお家にゆっくりとホームステイをさせてもらったからこそ実現できたものでした。

滞在中、彼の創り出す音楽の世界観の環境にも触れることができ、たくさんのインスピレーションをもらいました。これまで過去7年間に渡り、ジャズピアニスト・ヴォーカリストとしてはもちろん、私の個展のBGM、「銀河鉄道の夜」の舞台音楽の作曲・演奏、そして共感覚プロジェクトを共に深めてきているコラボレーティヴパートナーとして、心から尊敬している人です。これからも彼の音楽が日本でも生で聴ける機会が持てれるように取り組んでいけたらと思っています。

空からのボストンの街。

一つ一つの思い出を整理していくのに、一年かかりました。
それでも、一年前と今とでは、世界情勢はガラリと変わりました。一年前、不安に思っていたことが、私たちの目の前でみるみるうちに現実のニュースとして入ってきている。何を持ってして「強い国」というのか、あらためて考えているところです。「勝利」のために、自国民にも、相手国にも「心の不安と恐怖」を与え続けるのではなく、人々の「真の心の平和」をもたらすためのリーダーシップは、この世界では「Loser」になってしまうのでしょうか。旅をして、様々な立場の人たちを見たり、コミュニケーションをとって、そう思いました。

「旅の記憶」はこれで終わります。
またいつか行ってきます。今までお付き合いくださりありがとうございました。

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