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ブログ

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Jo Stafford

最近は、第二次世界大戦を背景に、よく歌われた曲たちを聴いています。

帰還兵に贈る歌と同時に、愛する人が戦場へ行き、また再会できるかわからないまま、ただひたすら想い出を思い返し、無事を祈る人々の日々。その背景には、お月さまや、波の音や、高い山の静けさや…。どこに居ても感じられて、馴染み深い自然の情景に、想いを照らして表現する歌詞だったり、バックグラウンドのオーケストレーションの素晴らしさも、エレクトリックでは感じられない人間の生身の部分を見事に表現していると思いました。

パンデミックで国境が閉ざされてしまっている今、様々な形で、幼い子供達や大切な人たちが遠い向こうの国にいて、健やかで安心した日々を願う気持ちなど、どこか同じなような気がします。

数あるシンガーの中でも、私の1番のお気に入りの歌手で、Jo Stafford(ジョー・スタフォード)は、正にそのころに沢山の曲を歌っていました。一見地味な雰囲気でも、これ以上ないくらい深く、優しさで満ち溢れている、何とも言えないゴージャスで潤いのあるアルトヴォイスを聴かせてくれます。

”We musn’t say goodbye”

”I’ll be seeing you”

歌詞と共に、今夜もゆっくりと聴いてみようと思います。


はじまりの日

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今日は4月1日。

いろいろなことが新しくはじまりました。

嬉しい知らせも届き、昨年静かにチャレンジし続けていたことも、今年、皆様に作品としてお届けできそうです。

こんなことは果たしてできるだろうかと、自分の力を信じていいものなのか、自信はあまりないけれど、チャレンジの川の向こう岸をただ見ているだけでは、いつまでも水の温度も流れの速さも感じられないと思って、とにかく一歩、川の中に足を入れて歩いてみる。そうすると、さっきまでの不安を思っている暇がなくなって、ひたすら歩くことに集中していると、どこからともなく自分の隣に一緒に歩んでくれる人が現れて、一緒に支えあいながら進んでいると、どこからともなく小さなボートを漕いでいる人が、「君達どうしたの?」と声をかけてくれて…。そうしているうちに、もっと大きな船が私たちの背後からずっとじーっとつけていると思ったら、気軽に話しかけてきてくれて、気づいたら、みんなで向こう岸に立っていた、というような、そんな感覚でした。

新しいはじまりの日。いつか、皆様とチャレンジの川でお会いしたいです。

皆様に、いいことがありますように。

ある夜に

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先日、20代の男子グループから届いたスナップ画像。

思いおもいにキャンドルを灯して、夜の時間を過ごしている様子が伝わってきました。

この画像から、炎の自然の美しさを静かに見つめる彼らの姿をイメージして、キャンドルの灯りがもたらす、電気では創り出せない空間の時の流れを、こうしてみんなで共有している若い世代の方達から、なんとも言えない優しさと力強いものを感じました。

一瞬の接点でも、伝わってきて、深く残るもの。

なんだか気分がとてもリフレッシュしました。

旅立ちの空

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私事ですが、きょうは、子供達の旅立ちの日でした。

息子は本州へ旅立ち、そして、娘は中学校を卒業しました。

中学校の校長先生の祝辞が、とっても素敵なお話しでした。

「恩をおくる」。井上ひさしさんのエビソードを交えながら、ご恩返しを返したい人に直接返すのも大事だけれど、もっと広く人間関係を捉えて、不特定多数の人でも、知らない人でも、自分が人のために心から取り組んだりして「恩を返す」ことは、ゆくゆく巡り巡って、また自分に返ってくる、それがまた人のためになる。そういう人になっていってほしい、というお話でした。

雲ひとつない小樽の空は、それはそれは広くて、海と空が同じトーンのカラーで包んでくれている気がしました。

旅立ちの日

人生を想う

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今週は、最近ご依頼いただいた、カスタムオーダーのキャンドルを製作していました。

職員番号15番。ご自身の退職に合わせて、長年仕事を共にした同僚の方々に、感謝の灯りをプレゼントしたいというご要望でした。色は、桜色と明るいパステルグリーンのコントラストで、優しく仕上げました。そして、職員番号の15番を銀色で記しました。人生の新しい門出を想って、心を込めてお創りしました。

そして、今日は、東日本大震災から10年が経つ日。

朝、目が覚めた時から、胸が締め付けられて、大きく深呼吸をしました。

誰にでも、別れは逃れられない経験だけれど、一瞬で、愛する人々とお別れをしなくてはいけなくなった人々。遺されて、大切な人をなくす苦しみ、自分を攻める苦しみ、時間の長さとは関係なく、今も思い出と止まってしまった時間との狭間での苦しみ。。。一人一人にある人生を考えたら、とても耐え難い、切りのない苦しみを想像しました。胸にしばらく手をあてて、目を瞑りました。

世界の全ての人々が、去年からコロナ禍で、孤独で、突然で、祈っても叶わない別れの苦しみ、もしかしたら、もう二度と会えないのかもしれないという苦しみ、それがいつまで続くのか、祈りながら待つしかない気持ちが、渦を巻くように地球を覆っている感じがします。でも、この時だからこそ、今までよりも、もっと、生死というものが身近になり、長引く紛争地域や緊迫した国家体制や世界情勢をもっと詳しく理解したいと思うようになりました。

限られた命。今ここにある命と、一日という時間に感謝して。

余市、春の空

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今日は、久しぶりに休みをとりました。

来週の今日は、子どもたち、それぞれの旅立ちの日。

しばらく息子とは会えなくなるので、彼の大好きな余市にドライブをしました。最近我が家のボーイズチームが見つけた、余市では珍しい、いろんな果物が売っているフルーツ専門のお店は、あいにくお休みでしたが、その代わりに、余市から仁木へ抜ける途中に見えるワイナリー巡りをしました。ちょうど空は、春の暖かさが感じられるくらいの太陽の強さで、だいぶ融けた雪原を優しく照らしていました。

余市にいくと、人々の暮らしが、自然と住む人たちの努力によって、お互いに歩み寄りながら開かれていることが感じられるというか、なんだか優しい気持ちになっておうちにいつも帰ってくるような気がします。多分、余市という場所が好きで、もともと住み始めた人も多いだろうし、住んでいるうちに、豊かな山の自然と美味しい水、日本海からの海の恵みにすっかり魅了されてエネルギッシュにいきている人も少なくないと思います。

一つ一つの風景に、自然の美しさだけでなく、人々の暮らしが感じられる街。函館方面に続く線路の向こうを見ながら、今日はたくさんインスピレーションをいただきました。

雪のひな祭り


今日は、お雛さん。

娘はもう来月から高校生。

あまりにも時が過ぎるのが早くて、追いついていけない私は、時としてつい赤ちゃんことばをかけてしまうと、娘が「ママ!」と呆れた顔で見る始末。最近は、語彙も、多分子供達の方が断然私を上回っていると気づかされる日々です。子育てを少し振り返ってみると、教えるというよりは、教えられることの方がほとんどで、何よりも、私を飛び越えて、周りの人々に本当に育てていただいていると思っています。親とは違う関係性だけれど、私を不在にしてのそれぞれの関係性を大事にしてくださることに、ありがたい気持ちで一杯です。

成長に感謝して、また一年、健やかに暮らせますように。

2月の終わりに

あと2日で2月も終わりに。

今年は、2月の小樽の風物詩だった「雪あかりの路」が中止になり、一番寒い時期の街から灯りの暖かさがみえない日々が続きました。ちょうど、札幌ー小樽間の行き来自体が自粛期間となっていたこともあって、気持ちも、寒さと共に、硬くなるというか、こわばるというか、グッとお腹に力が常に入っている感じの日々でした。

最近は、お家で過ごすことも多かったので、制作など、ならではの仕事の他に、じっくりとできたこともありました。時間をとって、お手紙を書くこともその一つです。特に、国外にいる大切な方にお手紙を書きました。メールだったら、瞬時に時も場所も飛び越えて送ることができるけれど、郵便局の窓口では、海外宛は、速達も書留もコロナ禍ではできないみたいで、とにかくお手紙の封書のみ、いつ着くかわからない状態で、投函しました。宛先に届いたのは三週間を過ぎたころ。届いたとメッセージがきたら、何だか涙が込み上げてきました。便利に慣れすぎた自分が、どこか求めていたアナログのコミュニケーションに久しぶりに触れて、ずっと大切にして行きたかった部分を、少し取り戻せた気持ちになりました。

小樽の景色

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今日は、久しぶりに小樽の街を歩きました。昨年の3月31日で閉館となった、小樽で唯一、川の上に建てられた、「妙見市場」が、もう跡形も無くなっていました。

小樽に移住して12年目、街は目まぐるしく変わりました。特に、古い建物が、もう現在の建築基準法を満たさないものも多いせいか、どんどん無くなって行きました。一言で「歴史的な街」と言っても、実際に住んでいると、そのイメージの向こうに、必ず人々の姿がいて、生活する姿だったり、大雪の嵐の日も小春日和の日も、ずっとそこにあり、自分にとってはもっとみじかな風景があるからこそ、かたちあるものがなくなっていくと本当に寂しい気持ちになりました。

たまたま最後の営業日に娘と訪れた妙見市場。お魚やお惣菜の匂いの側で、おじいちゃんがおばあちゃんのおでんを袋に入れてくれました。

© Jun’s Light 2020